citations-Marie: マリー・アントワネットの名言の数々をご覧ください!

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マリー・アントワネットの名言-マリー アントワネット 生涯
2021年8月17日
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Une légende à l'épreuve des faits

「ブリオッシュを食べればいい」——
本当は誰の言葉だったのか

« S'ils n'ont pas de pain, qu'ils mangent de la brioche. »——「パンがなければ、ブリオッシュを食べればいいじゃない」。フランス革命でギロチンに消えた王妃マリー・アントワネットの言葉として広く知られるこのセリフ。国民の苦しみとかけ離れた贅沢な暮らしを象徴する言葉として語り継がれてきましたが、実はマリー・アントワネットが発した証拠は一切ありません。

マリー・アントワネットという人

1755年、神聖ローマ皇帝フランツ1世とオーストリア女帝マリア・テレジアの娘マリア・アントニアとして生まれた彼女は、1770年、わずか15歳でフランス王太子ルイ・オーギュスト(後のルイ16世、ルイ15世の孫にあたる)と結婚し、フランス名マリー・アントワネットとしてヴェルサイユに迎えられました。結婚の際、自分専属のショコラティエをヴェルサイユに呼び寄せたというエピソードも残っています。1774年、夫がルイ16世として即位すると、彼女はフランス王妃となりました。

なぜ、この言葉が生まれたのか

経済が衰退の一途をたどる中、贅沢な暮らしぶりで評判が最悪だったマリー・アントワネット。「パリの農民がパンを買えないほど貧しい」と聞いた王妃が「パンがなければブリオッシュを食べればいい」と言った、というエピソードが広く伝えられています。ブリオッシュは牛乳や砂糖を加えた、通常のパンより少し高価なパンであり、決してお菓子ではありませんが、それでも民衆の困窮との隔たりを示す逸話として語られてきました。

しかし、この言葉がマリー・アントワネットの発言であるという証拠はどこにもありません。実はこのエピソードが最初に登場するのは、思想家ジャン=ジャック・ルソーの自伝『告白』。ルソーが1765年から1770年頃にかけて執筆したこの著作は、彼の死後1782年以降に出版されたものですが、いずれにせよマリー・アントワネットがフランスに嫁ぐ前に書かれた文章の中で、名も知らぬ「偉いお姫様」が「ブリオッシュを食べればいいのに」と言ったという逸話として綴られています。この言葉が初めて明確にマリー・アントワネットのものとされたのは、彼女の処刑から半世紀近くが経った1843年のフランスの雑誌記事でした。

裁判と処刑

1793年10月3日、正式に起訴されたマリー・アントワネットは、10月14日に革命裁判所での裁判が始まり、わずか2日後の10月16日、反逆罪で有罪となり処刑されました。

歴史家が指摘する、もう一つの側面

オックスフォード大学のロバート・ギルデイ教授(近代史)は、マリー・アントワネットが革命の中で処刑された背景には、「女性を政治的権力から排除しようとする」性差別的な側面があったと指摘しています。1791年に「女性および女性市民の権利宣言」を発表した女性権利活動家オランプ・ド・グージュもまた、ギロチンで処刑されたことが、この見方を裏付けているといいます。

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